ガキこはは書けなくても

ノlc|*・e・)<フランツ様〜♪(作品違

ラクリは書けるらしい。


ガキさんもだが、舞台上での小春の立ち姿があまりにも凛々しく格好良かったのでついカッとなって書いた。後悔はしていない。
男(?)しか登場しない話なんて二度と書かない気がするけど(^^;


ラクリスレを読んでると、果たしてこれはやおいなのか百合なのか分からなくなるところがまた何とも言えない不思議な魅力だったなぁ。
正統派カプスレ(エスカレータースレ*1)が同時進行で続いていただけに余計。


・・・でも自分の中のガキこははあくまでも先輩と後輩止まりな罠。

「殿下」
夜も遅いのであまり大きな音をさせないよう、軽くノックする。
中から応えの声がしたのを確認し、フランツはクリスの私室の扉を開けた。

上着を。……陛下の部屋にお忘れでしたよ」
ああすまない、と応えたこの部屋の主は既に部屋着に着替えていて、肘掛け椅子の背に軽くもたれながら腰掛けている。
傍のテーブルの上には何やら難しそうな書物が開かれていたが、それは勉学に励んでいたというよりは、ただ夜を持て余して目を通していただけのようだった。


持ってきた上着を部屋の奥のクローゼットに掛け、フランツはクリスを振り返った。
「まだ御休みでなかったんですね」
「何だか、眠れなくってな」
そういって小さく笑うとクリスは立ち上がり、壁際の戸棚からワインの瓶とグラスを2つ、取り出した。
「明日は大事な日なのですから、あまり飲まれては」
「一杯だけだよ。そら、フランツも」
グラスを片方渡され、仕方なく受け取った。
ワインをつごうとするフランツの手を止め、クリスは自ら瓶を手にして自分とフランツのグラスとを満たした。

「それでは。……明日のクリス様の、御結婚式を祝して」
チン、と小さな音をたてて2つのグラスは合わさった。



歳が近いこともあり、フランツはクリスと身分の差こそあれ一緒に少年時代を過ごしてきた。
今でもクリスのことは主君であると同時に、まるで兄のように慕ってもいる――もっとも背の方は、随分前にフランツが追い越してしまっていたが。

伝令官として正式に宮廷仕えをするにあたり公の場では尊称を用いるよう躾けられ、以来殿下と呼びかけるようにしてはいたが、こうして二人きりの時などにはつい昔と同じようにクリス様、と言ってしまうことがある。
それをクリスが許してくれていることが、フランツにとっては密かな誇りであった。


「……いよいよ明日、か」
ワインをゆっくりとあおり、クリスはつぶやく。
「本当に不思議な気持ちだよ。
ほんの数ヶ月前までは、結婚なんて冗談じゃないと思っていたのに。
こんな奇跡が自分の身に起こるなんて、今でも信じられないくらいだ」
そういって笑みを浮かべるクリスの頬が心持ち赤いのは、決して酒のせいばかりではない。


こんなクリス様をかつて見たことがあったろうか、とフランツは考える。
幼い子供のように瞳をきらきらと輝かせ、喜びに打ち震える胸の内を隠そうともしない。
まるでクリス様が初めてご自分の馬を父王陛下より戴いたときのような……いや、そんなのとは比べものにならないといっていい程に。


昔から優秀ではあったが物事に対してあまり執着というものを見せたことのない、強いて言うなら国を継ぐ者としては少々覇気が足りないような、そんな御方だった筈なのに。
――あの舞踏会の夜を境に、クリス様は変わってしまわれた。



一夜にしてクリス様のお心を奪い、名前も告げず幻のように去っていった、一人の美しい娘。
彼女を求めかつて見たこともないほどに狂おしく燃える王子のまなざしを、まるで熱病にでも冒されたかのようだとフランツは密かに思ったものだった。
何事に対しても強い関心を持ったことの無かったあのクリス様が、彼女の残した靴を国中の女性に履かせてピッタリ合う人を捜してこいなどと無茶なことをおっしゃるなんて、まったく信じ難いことだったのだ。


……けれどクリスのその無謀を、フランツはあえて引き受けた。
唯一の手がかりであるガラスの靴を自分に預けてくれた、クリスの信頼に応えたい一心で。


あちこちで騒動を起こしながらの捜索は、フランツ達の懸命の努力もむなしく徒労に終わってしまった。
報告を聞いて見る影もなく落胆する王子を目の当たりにした時に、フランツもまた思い知ったのだった。
強く人を求め焦がれる心と、それが叶わなかった時の果てしない苦しみを。



けれどもクリス様は結局、ご自分で靴の持ち主を――シンデレラ様を見つけてしまわれた。
……そう、まるで魔法のように。


シンデレラ様は美しくけれども常に控えめで、いつも朗らかな笑顔を浮かべ、誰に対しても優しく接してくださる素晴らしいお方だ。
そんな彼女とクリス様とが並ばれるとその立ち姿はまるで一幅の絵のようで、これ以上無いほどにお似合いとしか言いようが無い。
シンデレラ様の隣に立つクリス様もまた、まさに輝くばかりの表情で喜ばしげに微笑んでいる。
傍らのシンデレラ様を優しく見つめるその表情は、余りにも美しすぎて幸せそうすぎて。
――ずっとお側で仕えてきたはずなのに、今のクリス様はまるで自分には手の届かない、遠い存在のようだ。


……いや、分かっていたはずだ。
所詮自分は、クリス様の傍らに並び立つのにはふさわしくない存在なのだと。


伝令官という自分の職務は、とフランツは考える。
国王陛下の、そして国の意向を民衆に知らせる非常に重要な役目。
けれども人々に伝えるその言葉に、自分の――フランツ自身の想いを乗せることは、決して許されないのだ。


――構わない。それが自分に課された務めなのだから。
お国の、ひいてはクリス様のお役に立てているのだから、それだけで十分誇りに思うに値する。それ以上を望むなど、あってはならないことだ。


諦めなければ。忘れてしまわねば。
我が主への、永遠に叶うことのない、この想いを。


フランツは軽く目を閉じ、グラスに残っていたワインをグッと飲み干した。



遠く時計台の鐘がゆっくりと12回、打つのが聞こえた。
毎夜流れる鐘の音なのに、クリスはあの舞踏会の夜を思い出すかのように目を細め心なし微笑みながら、懐かしげに耳を傾けている。
その様子を、フランツはただ静かに見つめていた。


「……そろそろ、お休みなさいませんと」
そっと声を掛けると、クリスはそうだなと頷く。
手にしたままだったワイングラスを傍らのテーブルに置いて、フランツは改めてクリスに向き直った。
その場に片膝をついて、跪く。左胸に手を当ててゆっくりと深く、深く頭を下げた。
それは君主に対する、臣下の正式の礼。
「……この度は誠に、おめでとうございます。
このフランツ、心よりお祝い申し上げます。
末永きご多幸を、お祈り致します……クリストファー殿下」


フランツのその言葉に、クリスは何を感じたものか。
少しの間フランツの側に何も言わず立ちつくしていたが、ふと彼が微笑む気配がしたかと思うと、俯いたままのフランツの頭に不意に柔らかな感触が下りてきた。
クリスの手が、フランツの頭をそっと撫でていた。
「フランツ」
穏やかな声が、顔を上げるように促す。
フランツは少し目を細めて、己の主を仰いだ。
跪いたまま頭を上げたその角度は、かつて互いが小さかった頃、そしてまだクリスの方が背が高かった頃に自分がよくそうしていた事を、不意に思い起こさせた。
そして今フランツが見上げる先にあるのはすっかり成長した、けれどもやはりどこかに無邪気で真直ぐな幼さをも残した、はにかむようなクリスの笑顔。


「ありがとう。……今僕がこうして幸せでいられるのは、お前のお陰だよ」
「そんな、私は何も」
「お前がああして懸命になって靴の持ち主を国中捜し回ってくれてなかったら、僕はシンデレラに再会できなかった。
……何だか、そんな気がするんだ」
そう言ってクリスは、フランツの前髪を梳くように撫ぜた手をつと滑らせ、彼の肩に置いた。
「本当に、ありがとう。フランツ。
……どうかこれからもずっと、僕の側にいておくれ」


――満足だ。
その一言で、その言葉だけで、自分には十分だ。
フランツはもう一度改めて、王子の前に頭を垂れる。
「もちろんです、殿下――クリス様」



窓の外に小さくかかる月が、中天よりわずかに傾き始めていた。
「今夜お前と話せてよかったよ。……どうやら、やっと眠れそうだ」
それは良うございました、とフランツは応える。
「明日の朝、クリス様が目の下に隈を作られたまま式に臨まれては、私が陛下とシンデレラ様に怒られてしまいますから」
互いに顔を見合わせ、二人はしばしクスクスと笑いあった。


「……それではお休みなさいませ、クリス様。
どうか、良い夢を」
「ありがとう。お前もな、フランツ」
立ち上がって再度礼をし、フランツはクリスの部屋を辞する。
続きの間に控えていたページにグラスを片付けるよう命じ、その場を出て行った。


自分の背後で閉まった扉を、フランツは立ち止まって振り返り少しの間見つめる。
小さく微笑んで、胸に手を当てて扉に向かいそっと、頭を下げた。
向き直って再度扉へ背を向けると軽く伸びをし、そうして自分ももう休まねばいけないことを思い出してフランツは足早に自室へと向かっていった。
明日の朝、世継の王子がその生涯の伴侶と結ばれる日を寿ぐ声を国中に届ける役目が、自分にはあるのだから。